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◆◆◆ 2005年度コラムバックナンバー ◆◆◆

11月 小学生からの宿題 12月 冬の入口で
9月 夏の終わりに 10月 ある釣り名人の話
7月 ほたるー少年時代の思いで 8月 高校野球賛歌
5月 春、雑感 6月 自分を愛するってむずかしいですか
3月 もっと自分に愛を─イトーヨーカドー事件に思う 4月 あれから十年
1月 笑いと感動の一年を 2月 いのち、大切に



12月のコラム:冬の入り口で
 
 今日は11月30日、私はいま、このコラムを書く為に、愛用のMACのキーボードを叩いています。窓から差し込む日差しがぽかぽかと暖かく、冬というよりは、晩秋の気配を感じさせる陽気が続いています。暖かいことは良いことなのですが、冬は本当にやってくるのだろうか、思わず心配になってしまいます。
 今年は紅葉が今一つと云われていますが、道場の窓から見える木々たちは、やっぱり美しい秋の色です。そんな晩秋の雰囲気を感じたくて、この間妻と二人久しぶりに夜の街に散歩に出ました。公園の銀杏の大木たちが、黄色い枝をのびのびと伸ばして、夜の風に気持ちよさそうに揺れていました。街灯に照らされたその葉っぱたちは、キラキラと金色に輝いて見えました。
 今朝も駅前まで車を走らせていると、遠く、目の前に黄色や紅に鈍く染まった山の上に、富士山がうっすらと顔を覗かせていました。そんな景色を見ると、この町に住んでいることの幸せを感じます。
 人間社会では、今年も色々な出来事がありました。でもそんなこととは関わりなく、自然はやっぱり四季折々の美しさを見せてくれます。
 先日ある方から、植物は日常使う言葉の数が、6,000単語あると教えて頂きました。植物がことばを持っているという事自体、信じられない方がたくさん居ると思いますが、人間の日常語の数は2,500前後ですから、いかにたくさんのことばを持って、仲間たちと会話しているかがわかりますね。そんな植物たちとうまくコミニュケーションがとれたら、素敵だと思いませんか。人間の知らない色々なことを、教えてもらえそうですね。 
 そんな事を考えていると、植物たちに対して今まで以上の親しみと、畏敬の念を感じます。そして、我が家にいる植物たちと、もっとゆっくりと向き合ってゆこうと反省しました。考えてみるとここ数年忙しいことを理由に、気持ち的に随分疎遠になっていたように思います。
 暖かいとはいっても、冬の寒さは確実に近付いて来ています。今度の休日にでも、寒さの嫌いな植物たちを、家の中に避難させてあげようと思うのでした。


11月のコラム:小学生からの宿題
   早いものでもう11月、陰暦で「霜月」あるいは「霜降月」といい、俳句などの冬の季語でもあります。寒い昔は日本中この頃から、霜が降りはじめたのでしょう。日本語の微妙なニュアンスを持った素敵なことばですね。又この時期は、寒暖の激しい時期でもあります。体調を崩さないよう充分ご注意下さい。

 先日、何を思ったのか、小学5年生の男の子からこんな注文が来ました。
「愛情のこもった穏やかなことばを、手書きの手紙にして送ってほしい。」
「いいよ、わかった。」
何でもないことのように引き受けたのですが、内心はさて困った。・・・こころ、・・・愛・・・夢・・・勇気・・・幸せ・・・思い付くままにそれらしいことばを書いてみるのですが、どれもこれも何となくわざとらしい感じもして、いまだに私の中に宿題として残っています。
 言われて周りを見回してみると、自分も含め何と殺伐をした言葉を使っていることでしょう。 日本語の持つ美しい響きと、他人を思い遣る優しさは、どこかへ消えてしまっている感があります。
 ことばの持つ響き、それはエネルギーでもあります。優しい言葉で話すと自分自身も優しい気分になります。そのことばを言われた人は、もっと優しい気持ちをかえしてくれます。荒っぽい言葉で話すと、こころも何となく荒々しくなります。言われた当人はもっと荒々しくなることでしょう。その結果が、今のような殺伐とした世の中をつくっているのでは、と思っているのですが。・・・
 ことばは文化でもあります。微妙なニュアンスを含んだ、優しく美しいことば持った日本語は、優しく人を思い遣る、日本人のこころそのものでもあります。茶道に華道、日舞、歌舞伎、浮世絵、神社仏閣建築、和歌や俳句、能、狂言、そこには優しく繊細で優美な日本文化が生まれました。そしてそれらを支えているのは、我々日本人のこころそのものです。しかしそれらのものが何となく崩れていきそうな、危うい状態に今、いるような気がして仕方がありません。それは私たちが日本語の持つ、繊細な美しさを忘れかけているからではないでしょうか。

 常に愛情のこもった、穏やかなことばをみんながしゃべるようになったら、世の中がどんなにか良くなることでしょう。これは、小学5年生の男の子から、私に与えられた一生の宿題でもあると思っています。


10月のコラム:ある釣り名人のはなし

 中秋の名月も過ぎ、朝夕めっきりと涼しくなりましたね。風邪などひかないよう気をつけて下さい。腰痛になる方も多い季節です。下半身を充分に温めることをお勧めします。

 早い処では今月の中旬位から、紅葉の便りが聞けることでしょう。紅葉のもつ華やかさと儚さは、日本人にはたまらない魅力ですね。私たちの道場からも後1ヶ月もすると、遠くに見える山々が毎日少しずつ色を変えて行くのを、楽しむことが出来ます。
 先日あるイベントで、釣りの達人にお会いしました。釣りの達人などと云うと、やせ形の初老のご老人をイメージする方もいらっしゃるかと思いますが、その方は中肉中背の、ごくごく普通のどこにでもいる(失礼!)中年男性なのですが、自然が好きで仕事に疲れると山に入り、渓流釣りを楽しむのだと云っていました。
 普通はこちらの川岸から、向こうの川岸を狙って竿を垂れるのだけれど、向こう岸にも釣り人がいるので、「魚は寄ってこねえ」だから川岸からすこし離れて、「川のまん中辺を狙うんだ、そして後は自然の中にある物になる」「自然の中に溶け込んで無心になるのさ、そうすると川の中のようすがだんだん見えてくる」だからえさを動かす動きも自然になる、と懐かしい信州弁で話してくれました。久しぶりに聞く純粋な信州弁でした。
 だから、そばをリスやイタチが平気で通る、「熊が通っていったこともある。でも、俺のいることに気がつかねえ」「ある時、貂(テン)が通り過ぎていった、しばらくしたらその貂が、でっかい野ねずみをくわえて戻ってきた。」「あの時はさすがに吃驚して、目がテンになった」と云って笑い出した。  

これぞヨガの極意!。ヨガでは大宇宙(自然*)と小宇宙(自分)との融合などと難しい言い方をしますが、この釣り名人の境地こそがヨガだけではなく、東洋の精神文化のめざしている境地です。それを、こんなにもやすやすと身に付けている人が居る。どこにでも居そうなこの中年男性が、私には急にまぶしく見えるのでした。
*正確には自分の外側に広がる全ての空間と、その中に存在するものをいいます。


9月のコラム:夏の終わりに

 日中はまだまだ夏の日射しですが、朝夕はめっきり秋らしくなってきた8月の末日です。恒例の夏の高校野球に始まって、衆議院解散、その他この夏も色々ありましたね。
 高校野球の結果は皆さん御存じのように、駒大苫小牧高校が優勝し2連覇を果たしました。夏の連続優勝はなんと57年ぶりと云う快挙だそうです。
 しかしその後に明るみにでた野球部部長の体罰事件は、せっかく頑張った高校球児達に辛い思いをさせてしまいました。時と場合によっては何処までがしつけでどこからが体罰なのか、非常に難しい問題でもあると思いますが、スポーツの世界にはまだまだ古い体質が残っているようで残念なことです。
 幸いなことについ2、3日前に高野連から、優勝を認めると云う決定が下されました。その決定をテレビで見て他人事ながら、ほっとしたものです。もし優勝旗返還などと云うことになっていたら、彼らはどんなにか傷ついたことでしょう。事件が明るみにでてから、高野連の決定が出るまで自宅謹慎を強いられた彼らの気持ちは、どんなにか不安で辛かったことでしょう。でも彼らは、このことでめげることなく、かえってこれをプラスエネルギーに変えて、又来年の夏には甲子園の土の上に、帰って来てくれると信じています。頑張れ駒大苫小牧高校!

 9月11日以降にお読みの方は、もう結果の解っていることですが、郵政民営化問題での衆議院解散、総選挙がありましたね。
 これからこの国を誰が、どのように引っ張って行こうとしているのでしょうか。誰が引っ張って行くにせよ、政治に関わっている全ての人々が、私利私欲や党利党略と云うものからはなれ、互いに自分の立場に捕われず、どうしたらこの国が良くなって行くのかを、真剣に話し合ってほしいものです。

  夜になると虫の音が、互いに競ってでもいるかのように聞こえて来ます。我が家の黒猫は、それを聞いているのかいないのか、薄目を明けてのんびりと、籐椅子の上に寝そべっています。そんな風景の中に居ると私もついつい幸せな気分になります。
 こんな景色が、いつまでも続く日本であってほしいものです。
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8月のコラム:高校野球讃歌

 暑い夏がやってきましたね。夏と云えば、高校野球ですね。日本の夏の風物詩です。この原稿を書いている7月末でほとんどの出場校が決まっています。私たちが昨年まで、ヨガを教えにいっていた埼玉栄高校は、99%勝っていた試合を、春日部共栄に逆転負けをくってしまいました。9回表、2アウト2ストライク2ボール、絶対勝ったと思っていたのに、・・・ちょっとした心の隙を突かれたようです。今頃、彼らはどんな気持ちでいるだろうと考えると、胸の痛む思いですが、これをバネに来年をめざしてほしいと思います。いえ、めざしてくれると信じています。
 彼らの練習風景を見る度に、私はよくあんなに頑張れるものだなと、尊敬してしまいます。彼らは本当に野球が好きなのですね。だからこそ出来るのでしょう。もちろん練習はつらいと思います。時にはやめたいと思うことも有るはずです。でもそのつらいと思う心の奥のおくで、ワクワクとした高揚感を味わっているに違いありません。そして真剣に取り組んで来た結果として、甲子園の土が待っています。
 彼らは戦うのです。自分たちの前に倒れていった、たくさんの高校球児達の思いを背負って、あの炎天下の甲子園球場で。
 観客たちは、彼らの純粋な心に触れ感動します。
 そしてある人は思い出します。そういえば自分も昔、真剣に取り組もうとしていたものが有ったことを。いつしか諦め、そして忘れてしまっていたことを。観客たちは彼らの姿に勇気をもらい、惜しみない拍手を送ります。
 高校球児達よ。君たちの祭典が、日本の夏の風物詩として続く限り、この国の平和も続くことでしょう。


7月のコラム:ほたるー少年時代の思いでー

 ホーホーホタルこい・・・どこからか、子供たちの歌う声が聴こえてきます。私も思わずその声に誘われて、外に出てみました。小さな街灯が一つだけの薄暗い我が家の庭にも、ひそやかなひかりの舞がありました。裏の小川の草かげでも、小さなひかりが光ったり消えたり。はかなく小さな命の発する不思議なひかりです。
 夜中にふと目をさますと、どこから入って来たのでしょう。蚊帳に止まったホタルが、青白く光っていました。寝ぼけ眼で見つめている内に、不思議な夢の世界へ引きずり込まれて行きました。・・・子供の頃のなつかしい思い出です。
 むかしは、はどこにでも有ったあたりまえの風景です。でも今では、なかなか見ることの出来ない風景です。
 ほたるは、一生の間に4個のカワニナを食べるそうです。そのカワニナが、小川からすっかり姿を消して、どのくらいたつでしょうか。私が子供の頃などは、ちょっとした小川にカワニナがたくさんいたものです。カワニナだけでなく、どじょうにメダカ、ミズスマシと名前も知らないような小さな生き物が、たくさんいました。裸足になって、ズボンをまくりあげ、シャツまでびしょびしょに濡らしながら、みんなでどじょうやメダカを追い回したものです。
 それらの生きものたちは、今どこへ行ってしまったのでしょう。メダカなどは小川で見るよりも,家庭の水槽の中で見ることの方が,多くなってしまいましたね。
 もう一度子供たちが小川で,小さな生ものたちと思いきり戯れることの出来る環境を、取り戻したいものですね。その時ほたるたちも、きっと戻ってきてくれることでしょう。そして誇らし気にひかり、舞ってくれることでしょう。ほたるのひかりに誘われるように、日本人の心の中に、ぽっと温かい小さな炎がつくでしょう。


6月のコラム:自分を愛するってむずかしいですか
 
 『人間は、他と自分を比べる動物である。』と、誰かがいったとか、云わないとか。
 でも我々は、常に自分と他人を、どこかで比べながら生活していませんか。そして喜んだり、落ち込んだり、安心したり、ときには絶望の淵に落とされたり、忙しい事です。
 そしてマイナス感情の方が大きくなってくると、自信をなくし、だんだんと自分を嫌いになって行きます。それが極限に達すると、自分より弱いものに牙をむき、自信を取り戻そうとするか、自分自身の命を絶ち、自己完結をしようとします。それが毎日TVや新聞で報道されている、さまざまな事件の根本的な原因ではないかと、私は思っています。
 これは極端な例としても、自分を嫌いと云う人、たくさんいますよね。でも我々は、他人の何と自分を比べ、何を基準に判断をしているのでしょうか。客観的なものなど何もありません。ほとんどは主観です。だから他人からみたら、自分の方が優れてみえているかもしれないのです。そうは思いませんか。
 本当は自分と他人と比べることを、やめるのが一番良いのですが、なかなか出来そうで出来ないことですね、ならば最初から自分は素晴らしいと、勝手に思い込んでしまったらどうでしょうか。どうせ主観で決めるなら、自分のことをマイナスにイメージするより、プラスにイメージする方が良いに決っています。でも、これがなかなかむ難しいことですよね。でも、やってみましょうよ、勇気を持って。
 この世で起る全てのことには必ず、プラスの部分とマイナスの部分があります。そのどちら側からものを見るか、それがとても大きな違いになってしまうのでは、と私は思っています。だから、全てのことをプラスの側から見る訓練をしてみましょう。今までと同じ環境がまるで違って見えてくるはずです。
 ほら、世界がバラ色に見えて来たでしょう。これがあなたの本当の世界です。
 人間、弱い動物です。どうやってもマイナスに落ち込んでいってしまいそうな時があります。そんな時は自分に、そっと囁いてみましょう。「私は素晴らしい。私にはさまざまな能力がある。私にはきっと出来る、きっと出来る」これを毎日、何回も繰り返している内に、あなたはだんだん自分に自信がつき、自分自身を好きになり、愛するようになるでしょう。自分への愛が満ちてくると、他に分け与えたくなります。地球に愛が満ち満ちてきます。・・・・・そうなると、いいですね。


5月のコラム:春、雑感

 我が家の庭のちょっとした空き間のあちこちに、すみれが花開いています。猫の額程の花壇では、チューリップや桜草など春の花が、春を思いきり謳歌しています。
 しかし、居間のテレビは朝からJR西日本の福知山線の脱線事故のニュースを流し続けています。お亡くなりになった方、怪我をなされた方、本当にお気の毒なことです。特にお亡くなりになった方々のお身内の方には、なんとお慰めしたら良いのか言葉も見当たりません。余りの悲惨さに言葉もなく、テレビの画面に見入ってしまいました。
 それにしても命とは何とはかなく、もろいものなのでしょう。自分自身でどんなに注意していようと、自分ではどうにもならないことがある。それがわれわれの”命”なのですね。だからこそ、命の燃えている姿は尊く美しいのですね。
 事故に遭われた方にはお気の毒な言葉かもしれませんが、健康で毎日を送れると云うことは、何と素晴らしいことでしょう。われわれはたくさんの楽しみをもらって、この世に生まれてきました。美味しいものを食べる楽しみ、きれいなものを見る楽しみ、素晴らしいな音楽を聴く楽しみ、愛する人と愛を交わす楽しみ、その他にも数え上げればたくさんありますね。こそれらを充分に楽しむこと、それは、こころとからだの健康にとってとても大事なことです。何故ってこれは神さまから、われわれ人間への素敵なプレゼントなのですから。でもその為には健康でなければいけませんね。
 こころもからだも常に健康であること、簡単そうでなかなか難しいことですね。でも健康でないと、生きていることの本当の素晴らしさは、なかなか享受出来ません。自分自身いまどうすることが一番良いのか、こころとからだに常に問いかけながら生活をする、そんな生き方を教えてくれるのもヨガの素晴らしさの一つです。
 もちろんヨガだけが健康法ではありません。ひとりひとりが自分にあった健康法を見つけ、こころとからだを楽にして生て行けたら、もっともっと素晴らしい日本が、いや世界が生まれそうな気がしませんか。
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4月のコラム:あれから十年

 先月二十日で、あの忌わしいオーム、サリン事件からちょうど十年が過ぎました。
 いまだに後遺症に悩まされている方々が、たくさんいらしゃる事を、新聞報道その他で知りました。本当にお気の毒なことです。一日も早く立ち直ってくださることを、こころからお祈り致します。
 私事ですが当時高校生だった私の姪が、友人達と数分前にあの現場を通り過ぎたと聞き、_の気のひく思いをしたことを今も覚えています。
 あの事件は、すくすくと育っていた日本のヨガを、ねじ曲げてしまった、暗く大きな事件でした。ヨガ=オーム、そんな図式が日本人のこころの中に生まれてしまい、ヨガに携わる私たちにとって辛い時代でした。あの事件以来教室を封鎖したまま、再開不可能に陥っている先生方も、たくさん居られるようです。私のところにも当然のこととして、中傷の電話その他、こころ傷つくことがいくつかありましたが、会員の方々との絆を強めることで、なんとか乗り切ってきました。
 十年たって世間の方々も、ヨガとオームとは違うのだと云うことを理解して下さり、アメリカやヨーロッパのパワーヨガのブームにも刺激され、又たくさんの方々が関心を持って下さるようになりました。おかげさまで日本のヨガも、やっと元気を取り戻しつつあります。特に、若い方々が興味を持って接して下さるのは心強い限りです。
 私は、大きな声で叫びたい。ヨガは決して難しいものでも、怪し気なものではありません。インド五千年と云う歴史の中から生まれた、素晴らしいこころとからだの健康法であり、人生の羅針盤でもあります。
 この頃テレビその他で、健康のための新情報などと云っていることの多くが、ヨガでは昔から行われて来たことだったりします。それだけ東洋人の健康に対する知恵は、昔から優れていたと云うことになります。
そのことに誇りを感じながら、私は毎日ヨガに勤しんでいます。
 ヨガでは、この宇宙に存在するものは、全て平等である、と説きます。この宇宙に存在するものは、例え路傍の石一つも、みな大きな役割を持って、この宇宙に存在しているのだと云います。私は、一人でも多くの皆さんにヨガを楽しんで頂けるように、そして正しく理解して頂けるように努力して行くことが、私に与えられた役割と信じ、これからもヨガとつき合って行こうと思っています。


3月のコラム:もっと自分に愛を─イトーヨーカ堂事件に思う。─

 もっと、自分に愛をーイトーヨーカ堂事件に思う。ー 2月のコラムに、もっと命を大切にと書きましたが、その後、今まで以上に残忍な事件が続発しているように感じているのは、私だけでしょうか。新しい年になってまだ2ヶ月だと云うのに、やたらと人の命を傷つける事件が続いていますね。特に月初めに起きたイトーヨーカ堂安城店での幼児殺害事件は、衝撃的でした。  
 「盗人にも三分の利」と云う古い諺があります。どんな悪人であろうと、何んらかの事件を起こすには、たとえそれが自分勝手なものであろうと、(たいていは自分勝手な、自己中心的なものですが)それなりの理屈、理由があると云う意味です。しかし今回のこの事件の犯人には、それがありません。ただ他人を傷つけたかった、相手は誰でもよかったと云うのです。  
 思い返してみれば、数年前からこのような不特定多数の人たちを狙った事件が、増えていますね。彼らのこころの中は一体、どうなっているのでしょうか。私には、自己破壊を望んでいるとしか思えません。  
 ヨガでは、「自分の中に神がいる。そしてあなたの中にも神がいる。」と先月書きました。もちろん神と云っても、皆さんがイメージする「神様」とは全く違います。「宇宙の法則、ルール」のことです。この大きな宇宙が規則正しく動いてゆく為には、宇宙の全てを統一し秩序良く動かしてゆく、大きなエネルギーが働いています。
 地球を始め、火星や水星や金星は何故、こんなに規則正しく太陽の周りを回っているのでしょうか。地球は何故365日で太陽の周りを回り続けるのでしょう。何故24時間で毎回、自転を繰り返すのでしょう。あなたは夜空を見上げて考えたことはありませんか。「あんなにたくさんある星達が、何故あっちこっちでぶつかり合わないのだろう。」こんなことを書くと、きっと失笑する方も居ると思います。でも、良く考えると、とても不思議なことだと思いませんか。中には「星と星との引力が・・・」とおしゃる方も居ると思います、ではそれは何故?、と聞かれて答えられる方がどれだけいるでしょう。我々が認識できるのは、宇宙の中のほんの一部です。我々の認識の外に、無限の宇宙が広がっています。そしてその宇宙と宇宙もぶつかり合うことはありません。超物理学の世界では「この宇宙には神がいる」これが最終結論だそうです。
 そして我々のからだの中にも、その同じ力が「命」の形をとって存在しています。だから私の中にも、あなたの中にも、みな同じエネルギー、同じ命の源、が存在しているのです。  
 ヨガでは、宇宙の果ての塵一つにしても、みな同じもので出来ているともいいます。ですから、他人の命を傷つけることは、自分の命をも傷つけていることになりはしないでしょうか。
 たいていの犯罪には嫉妬だとか憎しみとか、多かれ少なかれ動機があります。しかし不特定多数を狙った犯罪にはそれがありません。彼らのこころの奧の奧にあるのは、自己破壊だけのような気がしてなりません。その手段として選んだのが、自分より弱いものの命を奪うことなのでは、と思ってしまうのですが。
 もっと我々一人ひとりが、一つの命の持つ重みを感じ、そんな命をこの宇宙から与えられ、今ここでこうして生きている、この自分自身を自信を持って、愛してあげることが必要なようですね。
 今この世で生きている我々一人ひとり、誰ひとりとして無用の人間は存在しません。みな何らかの役目を背負って生まれてきているのです。そのことを信じ、みなが自信を持って自分を愛してゆける社会を、我々一人ひとりが創って行く努力をしなければ、このような犯罪はなくならないのかもしれませんね。


2月のコラム:いのち、大切に

 新春早々、殺人事件やテロ騒ぎと毎日のように殺伐としたニュースが流れて来ます。昨日(1月29日)もイラクの選挙反対派でしょうか、「選挙に行った者は皆殺しにする」とテレビで叫んでいました。これほどまでに命の価値が下がってしまった時代が、今までにあったでしょうか。
 ヨガでは、『己の内に神がいる。』と教えています。ここで云う「神」は皆さんのイメージにある、お願い事をする為に手を合せる、あの神ではもちろんありません。「宇宙の真理、法則」と云ったら良いでしょうか。もう少し分りやすく云うと、「いのちそのもの」あるいは「いのちの源」と云うことになるでしょうか。では命とは一体なんでしょうか。
 私たちのからだは、呼吸によって肺に酸素を取り入れ、心臓が体中に血液を送ることによって生きています。誰でもが知っている事ですね。でもその心臓や肺を最初に動かす為のエネルギーはどこから来るのでしょうか。たいていの方は、両親の精子と卵子が結合して・・・、と答えるのではないでしょうか。ではその両親は、その又両親は・・・、と辿って行くと、人類誕生の歴史から、生物誕生の歴史へとどんどん遡っていってしまいます。そしてついには地球誕生の歴史から、宇宙誕生の瞬間にまで行きついてしまいます。そんな膨大な時間の中に今、我々の命はここにあります。いのちとは、我々が宇宙から与えられた、大きなエネルギーのことです。ですから宇宙の法則から外れたとき、我々はさまざまな問題を抱え込むことになります。
 我々の命のひとつひとつは、膨大な宇宙の流れの必然として、今ここに存在し次の世代へと流れて行きます。それが宇宙の法則の一つですから。そこに偶然の入り込む余地は一切ありません。そんな大切な命を絶つこと、たとえそれが自分の命であろうとも、絶対に許されるべきことではありません。宇宙エネルギーは常に、最良の方向へ、最良の方向へと動いています。それが宇宙の法則の最大の特長です。しかし、それをいつもマイナス方向へ引っ張ってしまっているのは、我々人間である事を自覚すべきです
 自分の命の尊さに気付いたとき、他の人の命、他のものたちの命の尊さをも感じることが出来るはずです。
 ひとりひとりが自戒し、もうこれ以上命の価値が下がらないようにしたいものです。


1月のコラム:笑いと感動の一年を。

 明けましておめでとうございます。今年も皆様にとって、実り多い一年でありますよう、お祈り申し上げます。
 昨年の日本列島は、台風に地震にと災いの多い年でした。中越地震の被災地の皆さんは、今も辛く長い冬をお過ごしの事とお察し致しますとともに、一日も早い復興をこころよりお祈り致します。
 又年末も押し迫った27日には、スマトラ沖地震が発生し、インド洋沿岸7か国に甚大な被害を及ぼし、たくさんの方々が被害に遭い、日本人の方々をも含め、多数の方がお亡くなりになりました。本当にこころの痛む事件、事故の多い一年でした。そして自然の猛威の前で、人間はいかに無力な存在であるかを、思い知らされた年でもありました。
 自然災害だけではなく世界情勢全般が、なんとなく不安な年明けとなりましたが、今年はどんな一年になるのでしょうか。
 私は自分の今年のテーマを「笑いと感動の一年を!」としてみました。笑いの健康にあたえる効果については、さまざまな研究がされています。
 例えば、笑うことにより癌細胞を攻撃する、ナチュラル・キラー(NK)細胞を活性化し、免疫力を高め癌細胞の増殖を防ぐ。脳内ホルモンを増大させ、痛みを和らげる。原因不明と云われる膠原病が完治した例もあるようです。又、糖尿病の方が食事後、漫才や落語を聞いて大笑いをすると、_糖値があまり上昇しない、と云うデーターもでています。ストレスの解消にも役立ちます。
 当然のことですが、人と人とのコミニュケーションもスムースにゆきます。早々『笑う門には福来たる』という諺もありましたね。
 笑うこと、それは人間だけに与えられた特権です。他の動物たちは、笑うことをしません。ちなみにチンパンジーの子供はよく笑うそうですが、なぜか大人になると笑うことをやめてしまうそうです。理由は笑えるだけのこころの余裕を、なくしてしまうからではないかと動物学者は見ています。
 笑う為には、それだけのこころのゆとりと、幸せ感が必要です。大声を出して笑ったことなんてここ何年もない、などと云っている人いませんか。人間だけに与えられた特権は、多いに使いましょう。笑うことであなたの命が、数時間延びているのかもしれませんよ。
 常に笑っていられるこころの余裕をもつと、ほんの小さなことにも感動することの出来る、柔らかなこころになります。
 道路の隅の割れ目から芽を出し、花を咲かせる名も知らない草花や、人のちょっとしたこころづかいに感動できる、柔らかく優しいこころ素敵ですね。
 感動はこころに”ハリ”と最高の栄養を与えてくれます。ある脳力開発プログラムによると、9歳から10歳の一年間に、両親が子供に、こ
ころと身体が震えるような感動をどれだけ与えられるかがその子が将来、感性豊かな人間性を持った大人になるかどうかの、基礎になると云っています。”笑いと感動”、これは人間に与えられた、素晴らしい感情です。大切にしたいものです。
 今年も昨年以上に、さまざまな出来事が起ることでしょう。でも私たちが笑いと感動を忘れない限り、きっと素晴らしい一年をおくることが出来ると、私は信じています。


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